いつのまにか韓国語&韓国ドラマが生活の一部に。そんな日常を載せてます。

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Posted by HARU on  | 

試練の山 八合目にて飯盒炊飯

よろぶんあんにょんはせよ~( ^ω^ )


最近ツイッターも浮上できておらずお久しぶりですが、みなさんお元気でしょうか?


あっという間に年末で、相変わらず何もしてねーツリーも出してねー年賀状買ってもねーついでに豚小屋感もはんぱねー我が家(←またか)からお届けいたします。


今日は、「試練」について思うことを書いてみようと思います。


私の試練というより、身近な人がものすごい試練を迎えて、今までと全然違う人生のレールを敷かれた、というのを1年半側で見てきて一緒に歩いてきた私の、試練を迎えた人を側で見守り歩いてきた感想という感じですが。



珍しく真面目なお話(たぶん)ですが…



ずいぶんなげー独り言だな~オイ~と思われることと思いますが、



お付き合いいただける方はよろしくお願いいたしますm(_ _)m





まず、「試練は乗り越えられる人にのみ与えられたものなんだよ」と言うのがよくありますが、それは私としては納得しがたいというか、よくわからないんですよね。



試練は無作為に放り投げられてるものだと思うから、突然降ってきて当たってしまうものであって、自分がこうだからそうなった、とか、この人だから与えられた、ということは無いような気がします。



だから防ぎようがないし、逆に言えば、その人にとっては試練でも他の人にとっては全くそう感じないかもしれない。



「試練を乗り越える強さがあるからだよ」じゃなくて、「試練を乗り越えようと頑張ってるうちに強くなったんだね」だとも思う。



私の中で「試練」は「怖いし嫌だし向き合いたくないけど知らないうちに乗り越えられたり、知らず知らず試練山の八号目あたりで飯盒炊飯なんかしちゃって快適に生活してるのかもしれない」っていうほうが近い気がします。


ものすごく遠い場所にあるものすごく高いエベレストみたいだった「試練」も、 地道にコツコツ歩いて、たまに谷があって回り道したり、川があってどうやって対岸へわたるか頭をひねらせ橋を地道にかけて時間をかけてコツコツコツコツ進んで行って、そばについていざ顔を上げて見上げて見たら、なんだ、富士山くらいじゃん~うん、なんか試練山、案外普通に住めそうここ~



みたいな。



いや、富士山登頂も大変でしょうけどもね。(新幹線とか遠くからしか眺めたことないしね)



一番大事なのは、「試練だ」と感じた時に、なんとなくその山の存在を目でも心でも感じつつも、その高さや険しさばかりに目をやるんじゃなくて、でも全く見ないというわけでもなくて、回り道でも休んでもたまには逆走してもいいから、少しずつでも近付いて行ったり、登ってみたり、てことじゃないかと思いました。



山は高いし途方もなく思えるから、不安ばかりを覚えると思うけど、長い時間をかけてもいいや!と思えることが大事かなって。



人によりけりなのかもしれないけど、やっぱり焦りがあると、「早く登らなきゃ!裸足ででも裸ででも登らなきゃ!急がなきゃ!!」みたいになると思うんですけど、そんな意気込みすぎるよりも、「ん~、とりあえず今は金ないし、登る装具も買うの無理だから、バイトすっか!」くらいの勢いというか。
(なんかこの例え違う気もしますが…笑)



で、回り道してたらバイト先で楽しい仲間に出会えたり、知らなかった自分の一面が知れたり、自分が不安から一瞬でも解放される趣味が見つかったり、でもまた試練の山をちょっと眺めちゃって不安にかられたり…でもとりあえず装具買うまでバイトやろ!と繰り返していくうちに、資金がたまって装具買えた!みたいな。



うーん…なんか例えが変かもしれないけど、ようは無駄なことは一個もなくて、その日その日はあまり成果がわからなかったことも、半年、1年経つと大きく変わってたんだなってわかる、ていうか。



装具買ってちょっとためしに登ってみたけど途中でお腹すいて断念!半年バイトしたら今度は飯盒買えた!1年たったらテントも買えたし寝袋もあるし寒さ対策もばっちり!次は五号目くらいまで行けんじゃね?



みたいな(いやバイト代安いなオイ)



実際私がそうでした。



「そんな悠長なこと言ってられない」と思う方もいると思うし、試練の内容でも違ってくると思うし、いろんな考え方があると思うので、みんながみんなそうだと一概には言えませんが、でも、試練を乗り越えようと頑張っている人を側で見て一緒に歩く人は、そのくらいの気持ちでいたほうがいいなって思いました。



何より本人が一番焦ってるんですよね。息切れして体力もなくなっても「前に進まなきゃ!」って思ってるのがひしひし伝わります。



だから、うまく息抜きガス抜きしながらスローペースで試練の山へ向かうためにも、息切れしないようにペースダウンさせたり、山をひたすらじっと見てるのをよそ見させたりするのも大切なことだなって思いました。



そして、試練を乗り越える本人が一番大変で、一番ツライ思いをしているのも、そりゃ当然の話なんですけど、今回改めてものすごく感じました。



話に聞いたり、テレビで見たり、とかじゃなく、身近な人に降りかかってきた試練ですからね。



最初、受け止めきれずに腐っていた私の家族に、どう声をかけていいかわからなかったんですが、「今は思う存分腐っていいよ。たぶんそのうち腐る暇もなくなるだろうから、それはそうなってからまた考えよ!」と言っておきました。



そして腐ってる時もずっと話しかけてできる範囲で話し合ってコミュニケーションをとりました。



今の現状を受け止めて、「長い目で見よう」って何度も何度も話しました。



でもそう言うと、「大変なのは自分だ」と言われたこともありました。



それを言われるとどうしようもないし、きっと私のことを「所詮他人事だと思ってるんだろう」って思ってるんだろうなぁと寂しく感じることもありましたが、誠心誠意込めて「一番大変でツライのはわかってるよ」って何度も伝えました。



そして、本人の生活が激変したのはわかっていたけど、私や他の家族までもが激変する必要はないと思っていたので、あくまで普通に生活しました。



本人にもやりたいことをやりたいようにやってといつも伝えていて、手助けがいるときは全力でサポートする。



でも、甘やかしすぎない。自分でできることはどんな小さなことでも自分でやってもらう。



そんな中で私はお友だちと遊びに行ったりもするし、BIGBANGのライブにも行くし。頻繁ではないけども。



ツイッターもたくさん出没して翻訳たくさんしたりもしていました。



それはある意味無責任に見えるかもしれないけど、私が一番思ったのは「そのせいで私は我慢をしなくちゃいけない」というのがつもりに積もっていくのがダメだと思ったんです。



全て飲み込んで受け止められる仏のような心の持ち主もいるでしょうが、基本的に「どうして私が」とか「どうして」「どうして」が積もると爆発するもんだと思うんです。



本人ときちんと向き合うし、真剣に取り組むけど、私の時間も大切にする。



自分の時間があるから気持ちを整理して家族を大事にできる。



そしてなるべく前と変わらない普通な環境にしておきたいと思っていました。



レールは変わったかもしれないけど、あなたの存在自体が変わったわけじゃないよ、って表したかったんです。



今までと何にも変わらず、みんなあなたが大好きですよ、って。



高校からの親友にその話をしたら、「普通それはそうしたくても世間の目を気にして出来ないもんなんだと思う。あんたは昔からそーゆうしがらみを気にしないでやれるから羨ましい」と言ってくれました。



福岡の友人らにさえも、ほんの一握りの人にしか話をする気になれなくて(離れていて心配だけさせそうで)、ツイッターでできたお友だちにもほんの数人だけ、そんな私の何ともいえないちょっと申し訳ないような罪悪感のような気持ちを抱えておけなくて、聞いてもらいたくて事情を聞いてもらって、「私がツイッターに出没していても、こんなときに何やってんだよって思わずにいてくれたら嬉しい」と無理なお願いをしたにも関わらず、温かい言葉をかけてくれたことはとっても救われたしあの時の気持ちは今でも忘れていません。



そしてそんな大変な時に、免許取りに行かなきゃいけないなぁと億劫だったし不安だった私が思いきって申し込んで行き着いた教習所はブログでも書きましたがチャラい教官、個性爆発しまくりな教官たちの愉快な教習で人間観察して楽しませてもらい(笑)、何よりも、大学生の可愛いお友だち、中国人の美人でオチャメなお友だちができたりと、仕事もありで過酷なスケジュールな、まさに試練の山への回り道中に、素敵な出会いもありました。



他の人にとっては全然どうでも良いことかもしれないし、私自身にとってもあのタイミングじゃなかったら同じような気持ちでいたのかわからないなってこともありますが、あの時の私には癒しだったり救いだったり、舵取りの大きな力になっていたのは確かでした。



ほんとに、私の行動は、人によっては「こんなときに自分のことかよ」ってなるかもしれないんだけど、福岡から引っ越してすぐだった私にとって、ツイッターでBIGBANGのことでワイワイお話させてもらったり、耳コピで彼らの曲をピアノカバーするのが楽しかったり、翻訳が楽しくて夢中になる時間も、私にとってはうまくバランスを保たせてくれる大事な時間でした。



目を背けているだけに見えるかもしれないことでも、「試練の山でたまにはスノボやってみたら、絶壁だらけと思っていた試練山にも何気に緩い坂とか、果実たくさんなってるオアシスみたいなとこあるのに気付いた」みたいな。



視点を変えたり、考え方がちょっと変わるとかじゃなくて、ただ楽しく過ごせる時間があるだけで、本当にびっくりするくらい心が穏やかでいられたり、私が穏やかでいることで家族が普通に過ごせたり・・・



でもそれを内緒でするんじゃなくて、しっかり家族と話し合いましたけどね!



最初は納得してなさそうだったけど、私がしっかり向き合って気持ちが離れて放置してるわけじゃないとわかってくれてからは「いってらっしゃい」と言ってもらっていました。



その気持ちにもいつも感謝をしていました。



そうやって、多少の時間をかけているうちに、何のきっかけかはわからないけど本人も「頑張らなきゃ」という気持ちが芽生えてきた感じだったんですが、そっからはやはり焦りが先行するので、私は余計に気持ちをのらりくらりさせていました。



無責任なのらりくらりではなく、一緒に焦りに引きずられないのらりくらり。



「なんとかなるよ~とりあえずお互い今日やれることを頑張ろう!」をこの一年半でたぶん1000回以上言ったと思う。



そして本人の良い変化をものすごく本人に直接伝える。



がむしゃらになって一生懸命な時ほど、一番本人が変化に気付かなかったりしますよね?



私の家族の場合、試練の山を完全制覇するのは難しいと言われているのですが、私的にはもうすでに十分に良い変化を見せてもらっていて、でも本人は完全制覇を目指しており、その気持ちがあるかぎり私も信じているし、完全制覇を横で歌って踊って励ましていきたいし(←飯盒炊飯くらいしろや)、もし仮に完全制覇が無理だったとしても、八号目あたりで山と共存しながら快適に生活、という感じで人生楽しんでほしいな、一緒に楽しめるといいな!って私は思ってます。



何より人生は一度しかなくて、それは試練山を登る本人にとっても、側で見守る人にとっても同じですよね。



「これをしてはいけない」「こうしなくちゃいけない」というよりは、お互いが「いかに楽しく試練山登山ができるよう工夫するか」を念頭に置いて、たくさん話し合って、これからものらりくらりバイトしながら装備固めて(←笑)山を眺めて、いつか山を制覇しようね!と家族で一緒に過ごして行こうと思います。



忘れもしない2014年8月2日。試練の山の存在を突き付けられ、疲れきったあの日。



それから1年半が過ぎた2015年の年末にふと書きたくなったので記しておきます。



私が本人のために頑張ろうと思えたのは、大事にしてもらってきたからだとも痛感した1年半でした。



きっと私が試練の山の登山が始まる前の毎日に「どうして」が積もりに積もっていたら、同じように思えたかはわかりません。



だから、お友達に「よく頑張ったね!」とか「あなただからやれたんだよ」って言ってもらえると、素直にすごく嬉しい反面、「本人が優しい心の持ち主で、大事にしてくれていたから私も頑張れたんだな」と実感して、そんな家族を誇りに思いました。



「自分の行いはめぐりめぐって返ってくる」と言うのは、なんというか、今まではどちらかというと「悪いことをしたら自分に返ってきちゃう」というイメージのほうが強かったんですが、今回のことがあってからはなんとなく良いイメージが心にあるような気がします。



それも今回とても学んだことでした。



・・・・・・う~ん、こーゆう話題は韓国語もBIGBANGも関係ない雑談だとわかっていながら毎回読んでくれている数少ない心優しきお友だちや、たまたま迷い込まれた迷える子羊さまたちが心配や困惑されるかもと書けないでいたのすが…



とりあえずまた車で背の低い塀と自爆したくらいで(帰宅するいつもの道が工事してて別のとこから入れと言われ、入ろうとしたら狭すぎて曲がり角に着くまでに無傷での生還を諦める→塀に左後部ドア当たってるとわかっていながらアクセル踏む→でも抜けられずハマる→にっちもらさっちもいかない→次女&息子の小学校の教頭先生が通りかかる→「あはは…ハマっちゃいました」「ですね…とりあえずハンドル右で!」「え、右ですか?」「もちょっと下がれる!うん!もちょっと!ハイ!切り返して!」「ハイ~!」以下略)元気ですので、ご心配なさらずに。・゚・(ノ∀`)・゚・。



ここまで長々とお付き合いくださった方、ありがとうございましたm(_ _)m



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Category : 日記
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